鳥の別れ・ペットロス(インコ・文鳥・オウムなど)

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紫陽花

[1]文鳥との別れ

紫陽花

初めまして。2日前に10年以上ともに過ごした、しろという名の白文鳥を亡くしました。その体験について書かせてください。
彼の世話は、私が小学生低学年の時から、主に私に委ねられていました。私が飼いたいと言い出したからです。ずっと元気だと思っていた彼の異変には先週の土曜日に気づきました。いつものように話しかけても、返事がありません。そして、全身を使って苦しそうに息をしていました。その前日、朝から夜まで不在で、その日も朝から家を空けなければならず、帰ったのは午後4時ごろでした。そして、しろの明らかな不調を目の当たりにした私は、家族の帰りを待って、近くの、文鳥を見てくれるという動物病院に行きました。そこの獣医さん曰く、重度の肺炎でした。病院では、抗生物質など2種類の薬と、栄養剤をもらいました。そして、薬を飲ませて、1週間後、また病院に来るように言われました。私はその後、ネットで調べて、肺炎が風邪の症状を放置した結果という書き込みを見つけ、私が老鳥である彼の不調に気づけなかったこと、換羽期で、かつ温度差が激しいこの時期に保温がちゃんとできていなかったこと、肺炎の原因だと思いました。
私はそれから、常に鳥かごを温かくするよう努め、水をあちこちに配置しました。私は、自分の文鳥の世話への無知をまざまざと思い知らされました。しろが苦しそうに呼吸をするたび、もっと早く気づいてあげればと後悔が押し寄せました。私は、できる限り彼に負担をかけないように、1日3回薬(栄養剤を含む)を飲ませるとき、そして、体重を計るとき以外は体を触らないように努めました。保定されるのが苦手だったし、薬も、美味しくなかったのでしょう、嘴の横に垂らしても、口を一の字に結んで、飲もうとしませんでした。しかし、私が名前を呼んで暫くすると、頑張って飲み込んでくれました。私の、ずっと一緒に居たいという思いに、苦しい思いをしながらも応えようとしてくれたのでしょうか。看病の間、しろはとても弱っていましたが、私が部屋に入ると、顔を上げて、私に近い止まり木にとまるのです。私は極力彼の視界に入らないように生活しました。
看病の3日目でした。夕方から、私はどうしても外に出なければならず、しろに薬を飲ませてから家を出ました。しかし、その日、私の前で彼は一度も餌を食べませんでしたし、糞も1つしかしていませんでした。その日は特に暑い日で、30度を超す猛暑だったのですが、丸くなっていたので、ペットヒーターをつけてやると、すぐにその隣に移動しました。私はこの時点で、病院に連れていくべきでした。私が薬を飲ませ、彼に行ってくるね、頑張ってね、とつぶやくと、本当は相当つらいはずなのに彼は網の隙間から必死に嘴を出し、2回弱弱しく鳴きました。
そしておよそ5時間後、急いで帰宅している途中、両親から私に電話がありました。私は急に不安に襲われましたが、電車の中だったので、ラインで、どうしたのと聞きました。父から、「しろが亡くなった」、母から「しろはよく頑張った。偉いね。」とメッセージが届きました。たちの悪い冗談だと思いたかったです。早く帰って、病院に連れて行けば、もしかしたら、と思いました。一刻も早く家に帰りたかったですが、電車は時刻表通りに動き続けました。私は、電車の中で、ただひたすらに泣くしかありませんでした。
私は駅に着いて、急いで帰宅しました。父と母は呆然と、しろが横たわるのを見ながら、泣いていました。両親の帰宅時には、もう亡くなっていたそうです。
しろは、目を少し開いたまま硬直し、嘴も、足も紫でした。そして、冷たい底網の上に倒れていました。床に新聞紙で寝床を作ってやり、少しの間入ったりはしていましたが、しろは生きている間は、どんなに弱っても、止まり木にずっととまっていました。私も、しろを無理に床に置くのは忍びなく思い、そのままにしていました。しかし、そのせいで死ぬ間際に、痛い思いをさせてしまったと思うと、つらくて仕方ありません。でも、それ以上に彼は辛く、悲しく、寂しく、痛い思いをして亡くなったのだと思います。せめて、亡くなるときは、私の手のひらで、安心して苦しまずに、穏やかに眠るように逝ってほしかったです。
病気の時、触れなかった分、亡くなったしろをめいっぱい撫でましたが、細くなった体も、失った体温も、生きているときと違いすぎて、虚しい思いばかりが募りました。生きている間に、もっといっぱい撫でてやればよかったと思いました。そのうには、少しの餌も入っていませんでした。これは私の想像なのですが、きっと、薄暗い部屋の中、ひとりぼっちで、呼吸も苦しい中、ご飯も食べられず、その結果止まり木をつかむ体力すらなくなり、冷たい金網の上に落ちて、その衝撃で死んでしまったのでしょう。
しろは不甲斐ない飼い主のせいで、苦しみ続け、ひとりぼっちで天国にいってしましました。死ぬ前、しろは私に何と言いたかったのでしょうか。2回、声を振り絞って鳴いたのはどうしてでしょうか。離れないで、傍にいてと言いたかったのでしょうか。さよならを言ったのでしょうか。おなかが空いたから、雛のときのようにふやかした餌を求めていたのでしょうか。そう思うのは私のエゴかもしれませんが、本当にそう思っていたかもしれません。
私は翌朝、しろを中庭の、できるだけ鳥かごがあった場所の近くに埋葬しました。藁を買って、しろが幼いころに過ごした巣のように周りを囲い、ごめんねとありがとうの手紙を入れました。そして、私が小学生の頃に流行り、その時に買ってずっと持っていた身代わり人形というものをいれました。寂しさや苦しみからしろを守ってくれるようにと願いました。最後にしろがずっと食べていた餌を、もうひもじい思いはしないように、体にかからないように入れました。そのあと、しろが大人になってずっと過ごしてきた鳥かごをきれいに掃除しました。しろは亡くなるとき、換羽期でしたが、鳥かごに残ったのは小さな1枚の天使のように白くて綺麗な羽根でした。(形見に羽根をとっておきたいという思いはありましたが、しろの亡骸は綺麗で、また、これ以上何かを、小さく細く痩せた身体から奪いたくありませんでしたので、そのままの状態で埋めていました。)そのあと、しろの残した羽根を家中を必死に探しましたが、小さな羽根が数個見つかるだけでした。それらは小さな瓶の中にいれて、机に飾っています。
当たり前ですが、私が帰るといつもの弾むような鳴き声は一切聞こえなくなりました。水や餌替えの必要ももうなくなってしましました。他のことを考えようとしても、楽しかった思い出と、後悔と、亡くなった時の感触と光景を思い出し、泣いてしまいます。毎日いるものだと思い込んでいた、愚かな私は、その度に失ったものの大きさと大切さに気付かされます。しろは私にたくさんの幸せと喜びを与えてくれました。今も、後悔は尽きませんが、生まれてきてくれて、私の下で10年生きてくれたことに本当に感謝しています。そして、今まで生きてきて、これほどまでに私を必要とし(多分笑)、私がどうなろうと変わらず傍にいてくれたのは、しろだけでした。家族とうまくいかない時でも、しろがいるからと、毎日家に帰っていました。私のほうこそ、しろを必要としていたのかもしれません。今は、天国で、何不自由なく飛び回っていることを願うばかりです。
私はしろを失ってから初めてこのサイトに登録し、今、この文章を綴っています。私の周りには鳥飼いさんはいません。なので、あの小さな生き物が、どれほど私たちの生活の中で大切で重要なものかを、本当に理解してくれる人は私の周りにはなかなかいません。しかし、このサイトでは、愛鳥をまるで子供のように、恋人のように愛する人が多くいらっしゃると感じます。私は、最後まで、自分の愛鳥に寂しく、苦しい思いをさせてばかりのダメダメ鳥飼いで、非難・お叱りを受けてしかるべき人間です。しかし、そんな私の下で、強く生き、私に寄り添ってくれた1羽の文鳥の話を聞いて、頑張ったんだな、と、天国では寂しい思いをせずに苦しまずに休んでほしいな、と思ってくれる方が少しでも居たなら、私は幸せですし、しろもきっとそうだろうと思います。
閲覧頂き、ありがとうございました。

投稿ID: ICUHDAKvUNWreySPtlbGOA

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あやピィちゃん

[2]Re: 文鳥との別れ

あやピィちゃん

はじめまして、紫陽花さん、しろちゃんの死からまだ日が浅く、とても深い悲しみのなかにいると思います。
私も我が子のように、溺愛していたセキセイインコのピィちゃんが3週間前に天国へ逝ってしまいました。

紫陽花さんのお気持ち、痛いほどよく分かります...
私も毎日、自分を責め後悔ばかりで、ピィちゃんにゴメンね、ゴメンね...と謝りながら泣いてばかりです。

とても愛されていたしろちゃんは、幸せだったと思います。 紫陽花さんの文章を読んでいて、どれだけしろちゃんの事大切にしていたのかが伝わってきました。

どうか、あまり自分を責めず、10年以上も、側にいてくれたしろちゃんにありがとう..と伝えてあげて下さいね。 虹の橋でまた再会できる日を信じて...

投稿ID: 3bjiMcwUdIhEmOqVfMYGkw

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