雑談・挨拶 トピック
鳥を飼うことや・・・教えてくれたのは誰だろう。
- 退会ユーザーさん
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自分に鳥を飼うことを教えてくれたのは亡き父でした。
家族に鳥を飼うことを教えているのが、いまの私です。
皆様はどなたに教えてもらったのでしょう。
思い出の中・家族・友人・・・・。
一息ついて思い出したいですね。
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- 投稿者:えっちゃんさん
ありがとうございます!
明日からの仕事、また頑張りましょう(^-^)
小鳥さんと家族が1つの群れ!
ステキです(*^。^*)
私もそうなれるように頑張ります。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
えっちゃん、がっかりするな。
メジロ・・・知ってるよ。
インコの餌売り場に行くとメジロの餌が売っていて
あれからネットで色々見たよ。
見てごらん。今どきの事情。
私は家族も飼鳥たちも少数ながらの
一つの群れでありたいと思っています。
えっちゃんに近いかな。
お仕事、頑張ってください。
美味しいご飯を鳥さんにプレゼント。サンタさん。
- 投稿者:えっちゃんさん
今は禁止なのでしょうか??
メジロやウグイス、今では見なくなった「ウソ」と言う珍しい小鳥さんもいましたよ。
私にとったらインコちゃんは生きがい、子供、家族……
幸せそのものです。
インコちゃんにとったら私の存在って……??
たまに考えますね。
私の所にきて、幸せと思ってもらえたら良いなぁーーーと思います。
ベタ慣れちゃんも可愛いですが、私的には…
私を人間と思って無い、同じ仲間、オヤツをくれるサンタクロースのような存在になりたいです。
止まり木のように私に止まり、そこに私が居るのが当たり前。自然な関係を築いていきたいです(〃▽〃)
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
おや、えっちゃん。
まるで私の祖父の家のような思い出。
祖父もザルで罠を仕掛けて、小鳥を捕まえて飼ってましたよ。
(いまは禁止かな?)
母方の祖母は鶏を放飼い。たまに、よそのカモが遊びに来てました。
ウチの子、インコに夢中の子。
えっちゃんみたいになるのかな。
楽しくていいですね。
- 投稿者:えっちゃんさん
こんにちは(*^。^*)
えっちゃんと申します。よろしくお願いします。
私の幼い頃、祖父が小鳥さん大好きで常に鳥がいました。
それが可愛い野鳥やら鴨なんです。
私の住む田舎で野鳥から畑を守るために、畑の周りに網を仕掛けるんです。
その網に掛かった野鳥さんを飼っていました。
和風の竹かごに、メジロなど色んな小鳥さんがいましたよ。
鴨は田んぼで放し飼いにしていました。
雛の頃の鴨は可愛くて、小学校に行くのが後ろ髪引かれる思いでしたねーーー。
そのうち母親がセキセイインコを飼い始めました。
今でも母親はセキセイインコ、オカメインコ、コザクラインコを飼っています。
私もラブバードの魅力にハマリ、只今9羽飼っています。
リビングに小鳥が居るのが当たり前の生活。
仕事から帰って来ると「出してーーー♪」と大騒ぎです。
今の私には小鳥さんが生きがい、3度のメシよりインコちゃん
です。
テレビも見ません、インコちゃん見てます。
この仔達が居るから、一人の食事も淋しくないですね。
このトピで昔の昔、小鳥さんとの出会いを思い出すことができました。
懐かしいです……
これからもずっとこの仔達と生きていきたいですねーーー
私に幸せをくれているインコちゃんに感謝です。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
ちゃぴさん。
ウチの子供の一人が大雑把な性格です。
動物は大好きなようで、図鑑を見てます。
テレビで鷹の飛ぶ様子を見て感動しています。
動物園で働きたいな! 状態です。
もう一人は、インコのお世話が生きがいのようです。
自分以外の命も大切だよと
そういう子供になって
やがてそういう大人になってくれたらいいですね。
- 投稿者:ちゃぴさん
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
沈黙の春
R・カーソン
若いころ読みました
・・・・・そして鳥は鳴かず・・・・・・
記憶があります
鳥を守ること
沈黙の春にならないように願うばかりです。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
親戚に鳥さん好きの方。
御祖母様、叔父様。
ご本人様。
次は誰でしょうか。
どんな鳥さんでしょうね。
- 投稿者:ジルバさん
こんにちは
もの心ついたころから、家には十姉妹セキセイインコが数羽いました
祖母と神戸の叔父が好きだったようです
今まで家にインコがいなかった時期はありません
ごく自然にインコを含め鳥がが好きになっていたようです
今でも兄弟そろって鳥好きです
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
そうだね。そうだね。
鳥との出会いは忘れることのない思い出です。
おひとりずつ返信ができなくてごめんなさい。
うちの子供が「気づいたらいました」タイプです。
お世話は子供の役目です。
鳥さんの病気のときは私がお金を払います。
私が子供のころは鳥の病院がなかった気がします。
子供には鳥さんの観察を怠らないようにと言っています。
お父さんやお母さんが子供の健康に気をつけていることと
同じように、鳥さんを毎日お世話すること。
約束です。
こうして子供の中に思い出が残るのでしょうか。
懐かしい人の思い出。鳥さんとの出会い。
どうぞ。どうぞ。
ここで、一息。
- 投稿者:ちゃぴさん
小学生のころ、実家の近所のご夫婦がペペという名のキボウシインコを飼っていました。
子どものいない家だったので、ペペは子どものようにかわいがられていました。
おばさんがペペを肩に乗せて買い物に行く姿がステキで、私は学校の帰りに毎日のように遊びに行きました。ペペは私の名を呼び、私が遊びに行くと喜んでくれました。おじさん、おばさんは私のことも実の子どものようにかわいがってくれました。
私はだんだん大きくなり、中学に行く頃にはあまり遊びに行かなくなりました。
たまにしか行かなくなった私を、小学生ではなくなった私をペペはわかってくれていました。おばさんと私にしか頭をなでさせない法則はずっと変わりませんでした。
私が結婚して30代なかばになったころ、ペペは亡くなりました。25歳、この種のインコにしては短命でした。翌年、おばさんも亡くなりました。
その後、私は小学生のころからいつか飼いたいと思っていたコザクラインコを飼いました。おばさんがペペをかわいがったのと同じように、コザクラインコと暮らしました。
そそられるトピックで思わず参加してしまいました。
- 投稿者:退会ユーザーさん
私は物心ついた時にはすでにセキセイインコと暮らしてました。
私は小さくて覚えていないのですが、兄と私が両親にねだって買ってもらったそうです。
それからずっと家族みんな小鳥が大好きで、私も今では家族に小鳥の可愛さを知ってもらおうとしております。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
フィンチの放し飼いは凄いですね。
寺男さんの愛情の賜物でしょうね。
昔、海外で見た光景です。
鳥・牛・ヤギ・サルが人間のそばで生きてました。
人間も彼らが生活の一部のようでした。
長閑で美しい光景でした。
知人の主張です。愛鳥家で職業農業です。
古来より農耕民族であった我々は、畑に実る大切な食糧を守るために鳥を追い払って来た。
鳥は古来に、人間を見たら逃げるDNAが・・・!
鳥との縁は幾つあるのでしょう。
愛鳥さんと楽しい生活ですね。
- 投稿者:退会ユーザーさん
30年ほど前、所用でタイの大きな寺院に滞在していた時、寺院の敷地内に住む寺男さんの住まいに遊びに行きました。この家は四方がオープンになった(壁がない)南国風掘立小屋なんですが、ある時、寺男さんが上半身裸でお昼寝をしていると、白と黒のツートンカラーのフィンチ(セグロセキレイみたいな)が飛んできて家の中に入り、彼の裸の胸に留まりました。私はびっくりして目が点になりましたが、彼曰く「これはウチで飼っている小鳥で、今、朝の食事から帰ってきた所」オウムならともかく、フィンチの放し飼いなんて聞いた事がなかったので、本当にびっくりしました。私自身はおしゃべりするインコが好きでウロコちゃんを飼っています。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
初心。
いつまでも大切な心ですね。
鳥を飼うこと。鳥を愛すること。
心の中に生きていますよね。忘れることは出来ない暖かい思い出ですね。
御祖父さまの愛情が心に染みます。
遠い空から笑顔で見ていらっしゃるのでしょうね。
- 投稿者:URAHAL 0615さん
今晩は。
初心を思い出させるトピを見つけたので参加させて頂きます。
私の場合は亡き祖父です。
と言っても一緒に暮らしていた遠い親戚の方で、祖父が亡くなった後も私は中学までその方を本当の祖父だと思っていました。
私が小学1年の時にその祖父は亡くなったんですが、それまで祖父は文鳥を雛から育てているのを見せてくれたり、祖父が大事に育てたルチノーの、手乗りでよく懐いていたセキセイが家に居ました。
祖父の四十九日を過ぎた頃、姉がセキセイを、私は近所から頂いたコザクラの雛を祖父の見様見まねで育てました。
それ以後、ずっと私の実家にも、嫁いだ今も傍らにはインコがいます。
姉とはよく「おじいちゃんのお陰で私たちインコ好きになったよね。血は薄いけどやっぱりDNAは同じかもね」と話しています。
おじいちゃん、13年才越えのご長寿インコを2羽も育てたよ。えへへ…
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