別れ・ペットロス トピック
私の知識不足
- 退会ユーザーさん
- トピ主
- コメント
- 5
- 投票
- 0
はじめまして。
今までとりっちは見ているだけだったのですが、昨日大好きなオカメインコを落鳥させてしまい、どうにも気持ちの整理がつかず、書かせていただくことにしました。
長文でお目穢しすみません。どこかに吐き出したいのです。
5年間、一緒に暮らした子でした。
老鳥になってから引き取った先代が落鳥してしまい、寂しさに耐えられずに雛を探しに行き、引き取った子でした。
オカメインコの最後の一羽で、多分売れ残りだったのだろうと思います。
一度、まだずっと若鳥の頃に、私の不注意で逃がしてしまったこともあります。それなのに、奇跡的に戻ってきてくれた子です。
もう二度と逃がしたりはしない、この奇跡に感謝しなければと、10年でも、それ以上も、連れ添うことを夢見ていました。
その子が、昨日、落鳥しました。
何もかも完全に私の管理不足と知識不足です。
最初は寒さによる体調不良でした。我が家でもう何年か冬を越してきたから、今年も同じようにして大丈夫だろうと甘く見ていたのです。
そこから治療が始まり、保温をよりしっかりとしてもらった薬を飲ませて一旦は良くなったのですが、これで完治しようかという頃、片足が腫れてしまいました。
獣医さんに見せた所傷からの細菌感染だと言われ、病名は上げられませんでしたが、個人的にネットで調べてみて、趾瘤症だったのではないかと疑っています。
恥ずかしながらこの時まで私はこの病気を知らなかったのです。飼育書に乗っていないからと、調べていなかったのです。
合わない止まり木や抵抗力の低下が原因になるそうですね。
最初の体調不良で獣医さんに見せたとき、止まり木があっていないと言われていたのです。ケージ付属の物を使用していましたが、細すぎると言われました。
太い止まり木に変えようと思いましたが、ケージ内の変化はストレスになるのでは、この子の体調がよくなってからの方が、と考え、様子を見てしまいました。それがいけなかったのだと思います。あの時すぐに止まり木を変えていれば、腫れたりしなかったかもしれません。
そのまま薬を塗っても腫れが引かず、結局切開で膿を出すかか投薬で長期療養かの2択を迫られ、私は切開を選択してしまいました。
薬は食欲が落ち負担になるかもしれないと言われ、膿は出した方が良いのではという勝手な先入観もあり、短期決戦を挑んでしまいました。
結果腫れは引きましたが、あの子はみるみる弱っていきました。やっぱりストレスだったのですよね。無理やり薬を塗られ、飲まされ。挙句切られ。
傷が治れば、と思ってやってしまったことです。
獣医さんを変えてアドバイスをいただき、再び投薬をはじめ、ここから何とか回復してくれないかと思いましたが、そのまま空に還っていきました。もう薬で治るような状態じゃなかったのかもしれません。
後悔してもしきれないです。何もかも自分の勉強不足と配慮不足が招いた事態です。
甘い考えから観察を怠り、ストレスではと思って変えなかった止まり木のせいで足が腫れ、保温の為に暗くなってしまったケージのせいでホルモンバランスが崩れ、安静にと思って放鳥しなかったことで寂しい思いをさせ、切開と投薬がストレスになり、最後は原因不明の症状まで出ていっぱいいっぱいのまま命を落とし、良かれと思ってしたことが何もかも裏目に出ました。鳥のことを何もわかってませんでした。
私が殺したようなものです。
何より悔やまれるのは、最後を看取れなかったことです。病鳥を残して外へ出てはいけなかったのです。他の用事なんかどうだってよかったのに。薬を飲ませているから、きっとよくなるとのんきに信じていたのです。そう信じていたかったから、弱っているあの子から目をそらしたんです。
最初にあの子を発見した家族によれば、あの子はケージの入口のところに倒れていたそうです。いつも、私がいってきますを言うと、ケージにしがみついて答えてくれる子でした。
もしかしたら最期も、答えてくれようとしてそのまま動けなくなったのでは…と思っています。
最期の2か月半は、あの子にとって本当につらかったと思います。
暗い籠から出してもらえず、無理やり薬を飲まされ、塗られ、どんなに寂しく裏切られた気持ちでいたことか。今更気づいたって遅いですよね。その気持ちのまま、一人ぼっちで死なせてしまった私には、あの子が大好きだったと言う資格もないです。
昨日の今日で、涙が止まりません、何もかもがダメでした。
鳥に対する考えが甘すぎました。飼育書やネットで齧って知った気になっていました。いざとなってみると、結局何もしてやれなかった。あの子の亡骸は本当に痩せて、弱り切っていました。私が死なせたのだと思います。
かろうじて、最後の方に少しだけ、籠から出すようにしたことが、救いかもしれないと思っています。
獣医さんのアドバイスです。私はやっぱり後手後手です。
こんな私にも、最後まで頬を摺り寄せてくれました。弱り切った体だったのに。
この気持ちをどうしたらいいかわかりません。反省して許されるものでもありませんが、どうにもならず、書きなぐらせていただきました。すみません。
もっとずっと一緒にいたかった。でもそのためには私が馬鹿過ぎました。のんきなことばかり考えていました。5年は短すぎます、もっと生きられたと思います。私がしっかりしてさえいれば。
愛らしくて、無邪気で、本当に私にはもったいない、天使のような子でした。
乱文ですみません。
あの子の闘病中から私も体を壊し、吐いてしまいます。でもあの子はもっと苦しかったのですよね。
愛鳥を亡くされた方は、その後どのように過ごされましたか。どのように立ち直っていかれましたか。
お叱りや批判もお待ちしています。自分勝手な、こんなお話でごめんなさい。
トピックに参加しよう
- 投稿者:ちっち♡さん
お辛いですね。
お気持ち、とてもよく分かります。
「もし、あの時こうしていたら・・」「あんな事しなければ・・」
「私が、もっと気をつけてあげていたら・・」
「もし」という考えから抜け出せず、自分を責めてしまい、
何度も何度も「ごめんね」「ごめんね」と謝って、
どんなに泣いても心は晴れず・・・。
今は、思い切り泣いてください。
立ち直るには、時間がかかると思います。
でも、いつまでも泣いてばかりでは、オカメちゃんが可哀想です。
その子は、縁あってカナンさんと出会いました。
大好きなカナンさんと、愛に満ちた楽しい時間を生きたのです。
その為に、産まれて来たのだと思います。
その子は、カナンさんが苦しんでる姿など見たくないはずです。
だから、思い切り泣いたら、その後は、
その子との楽しかった時間を思い出して、微笑んであげてください。
楽しい時が永遠に続けばいいのにね。
でも、悲しい別れも、その子との縁の一部なんですよね。
そう思うと、別れすらも意味のある事のように思えてきます。
その子は、ただ楽しい思い出や時間をくれただけではなく、
何かを教えてくれたのではないでしょうか。
「私の勉強不足で・・」
私も、同じように悔やんで辛かったです。
でも、時間が経つにつれ、
その子が教えてくれた事を大切にしたいと思えるようになりました。
だから、自分なりに勉強したり、鳥友達を作る事に目を向けました。
そうしている方が、悲しみばかりに囚われず、心が落ち着きました。
その子が教えてくれた事は、大きかったです。
カナンさん、
思い切り泣いた後には、
亡くなったオカメちゃんが残して行った贈り物の素晴らしさに気づき、
「ごめんね」ではなく、
「有難う」と言える日が、必ずきますよ。
- 投稿者:URAHAL 0615さん
初めまして、カナン様
お気持ち、すごく分かります。
お迎えする時はすごく嬉しくて、側に居ることが当たり前になっていて…
楽しい時間はずっとずっと続くと信じて…
ですがいつかお別れはしなきゃいけない。
それが遅かれ早かれ、どんな形であろうと必ず訪れるものです。
私も初代コザクラが同じようにカゴの入り口で、私を待つかのように亡くなっていました。
その子はもう13歳だったんですが、まだまだ一緒だと信じていました。
今もその子の事を思うと泣けますし、二代目コザクラもやはり15歳で…晩年は癲癇の症状が出てしまいました。
先代は突然でしたが、二代目は…できる限りの事をしました。もう、頑張らなくていいよと…。
やはり二代目の事を思うと泣いてしまします。
ですが、悲しい事ばかりではなかったはずと、自分を責めた後、その子たちのためにも後悔する事を止め、その子達に感謝をしました。
うちに来てくれてありがとう。
同じ時間を共有してくれてありがとう。
私の事を大好きになってくれてありがとう。
いっぱいいっぱいありがとう…
私は幼い時から家にインコがいて、それこそ何度お別れをしてきたか…
ですが決してそれまでの経過が無駄だったとは思いません。
いつもいつもいっぱいお別れした子達から色んな事を教えてもらっています。
お別れはただ失うだけではないです。
インコを飼われている方みんなそれを思われているはずです。
亡くなったオカメちゃんのためにも悲しい思い出だけを見つめずに、楽しかった思い出を大事にして下さい。
カナン様のお気持ち、このコミュには痛いほど分かってくれる方は沢山いますよ…。
- 投稿者:ピヨコらぶさん
カナンさま、こんばんは、初めまして!ピヨコらぶと申します。まずはオカメちゃんのご冥福をお祈りすると共に無事に虹の橋を渡ったと願っています。ところでご自分を責めるのは辞めて下さい。文章を読ませて頂いた限り、知識不足とかそんなことは関係ないです。充分にしていたと思います。
そしてカナンさまが悲しんでおられる姿をオカメちゃんは、決して喜んでいないはずです。私の場合は2年前に初代ブルーセキセイインコのピヨコ6歳♀を亡くしました。卵の産みすぎによる卵巣腫瘍破裂です。獣医さんの余命宣告より半年間も長く生きた子で最後は口から血を吐きながらバタバタともがき苦しみながら主人の手の中で目を閉じました。獣医さんから半年間も生きるなんて奇跡の事言われました。オカメちゃんの最後を看取れなかったのは残念ですが、きっとカナンさんのお気持ちはオカメちゃんに伝わっているいるはずです。まだ日が浅いのでご快復されるのは無理でしょうが一日も早くお元気になられてまた新しいオカメちゃんをお迎えできる事をお祈りしています。お体ご自愛下さい。
- 投稿者:退会ユーザーさん
- トピ主
私の乱文にお答えしてくださった皆様、本当にありがとうございます。
取り乱して、叩きつけるように書いてしまって、こんなにたくさんのお言葉をいただけるとは思っていませんでしたので、驚いています。
本当ならお一人お一人にお返事を書くべきなのでしょうが、なかなか言葉がまとまらず、まとめてのご報告に代えさせていただこうと思います。お許しください。
重ね重ねすみません。
先日ようやく、あの子を埋葬してきました。
私が生まれる前から、我が家に縁のあった生き物たちが皆眠っている場所です。先代の老鳥の隣に埋め、花の株を墓標に植えてきました。
私は昔から、天国や死後の世界の話を信じられないように育ってきてしまって…信じるとしても、あの子には苦しい思いをたくさんさせてしまったし、私のことをどう思っているのか、恨んでいないかと不安で。
今はただ、もっと暖かくなったら、墓標に植えた花が生まれ変わりのように咲いてくれることを祈るばかりです。
死後の世界があるのだとしたら、病気の苦しみから解放されて、幸せに虹の橋を渡っていてくれることを祈ります。
あの子の姿が見えないことが、帰ってきてもあの子の声が聞こえないことが、まだまだ受け入れられません。
私がもっとしっかりしていて、あの子を病気にさえしてしまわなければ、或いは、きちんと病気が治っていれば、今も一緒に居られたんだ、と思うと。
あの子の亡骸を埋めるとき、もう本当に、二度とこの姿を見ることはできない、これで最後なのだ…と自分に言い聞かせましたが、やっぱり恋しいです。これから忙しい時期が始まってしまうので、なんとかけじめをつけて頑張ろうと思ったのですが、そう簡単に行くものではないですよね。欠けてしまったものが大きすぎて、今も呆然としています。
それでも、気遣ってお言葉をかけてくださる方がいて、救われています。自分の力不足で死なせてしまったという気持ちもあり、泣いてばかりではいけない、と抑え込みがちになるのですが、思いっきり泣けばいい、ゆっくり立ち直ればいい、というお言葉を大切に、少しずつ、ゆっくり気持ちを落ち着けていこうと思います。
私の身体のことを気遣ってくださった方も、ありがとうございます。
思わず書きなぐってしまって恥ずかしい限りです。気持ちが体に出やすくて、どうしてもこうなってしまうのですが、こちらもきちんと落ち着けていくつもりです。
本当に、ありがとうございました。
皆様の鳥たちとの暮らしが、末永く、幸せなものであることを祈っています。
- 投稿者:リックさん
お気持ちは痛いほどわかります。
同じ経験をされた方がここにも沢山居られると思います。
私はアキクサインコが主ですが、一時オカメインコも3羽
飼っていました、それぞれよくなれていまして、又それぞれに個性が有り、大事に育てておりまして大きな癒しを受けていました。
帰宅すると私の車の音でわかるとの事(家族の言葉)
部屋で待ち構えていたようにお帰り(2羽)と言葉を
かけてくれる賢い子達でした。
数年後にコザクラも飼いまして、ゲージの外に出すときは
別々に出して遊ばせておりましたが、可愛く良く馴れていた
コザクラでしたが、ゲージの外から一番馴れて賢いオカメの
足を噛んで、歩けなくなってしまいました。
コザクラは攻撃的な特性を持つことは承知していましたが
一諸にしなければ大丈夫との先入観からの不注意です。
医者で治療を受けましたが、回復することなく、亡くなりました。
本当に大きなショックで、私も自分の未熟さを責めましたが
その時の悲しみは今もトラウマとなっております。
コザクラに罪はなく、これも悲しいけれど、友人へ上げました。
アキクサインコもすべて手乗りにしていますが、何羽育てても、馴れて甘えてくれる雛を里親に手渡す時は
何時も後ろ髪を引かれる辛さはついて廻ります。
最近はペットとして、生体を飼育するものの宿命と割り切ってはいても、気持ちは変わりません。
どうか、一日も早く、そして少しずつ気持ちの切り替えを
されてください。
1 - 5件 5件中
あなたもトピックを作ってみませんか?